スウェーデンの湖畔にある小さな農作業小屋から始まった物語が、110年の時を経て世界中のアウトドア愛好家を魅了し続けているブランド、それがホグロフスです。
1914年に28歳の大工ヴィクトル・ホグロフが森林労働者のために手作りしたバックパックは、今や「Less Is More」という独特な哲学を掲げる革新的なアウトドアブランドへと進化しました。
アークテリクスやパタゴニアとは一線を画すスカンジナビア文化に根ざした機能美、業界最高水準の持続可能性への取り組み、そして真のプロフェッショナルから絶大な信頼を得る技術力。
2023年の新体制下で次なる成長フェーズに入ったホグロフスの創業秘話から最新の戦略まで、北欧ブランドが築き上げてきた唯一無二の価値観と歴史を詳しく紐解いていきます。
農作業小屋から始まったホグロフスの創業物語
今から110年前、スウェーデンの小さな村で一人の大工が始めた手作りバックパック事業が、現在の世界的アウトドアブランド「ホグロフス」の原点です。
創業者ヴィクトル・ホグロフの実用主義への情熱と、地域の人々との深いつながりが生み出したこのブランドは、北欧の厳しい自然環境の中で培われた確かな品質と機能性で、今なお多くのアウトドア愛好家から愛され続けています。
1914年にスウェーデンの湖畔で生まれた革命的なアイデア
1914年、スウェーデン・ダラルナ州トーシャング村の美しい湖畔で、28歳の大工ヴィクトル・ホグロフが家族農場の小さな木造小屋でバックパック製作を開始しました。
森林官の息子として育った彼は、農民や伐採労働者、学童たちが重い荷物を運ぶのに苦労している姿を日常的に目にしていたのです。ヴィクトル自身はアウトドア愛好家というよりも、野外での作業を「挑戦的な労働」と捉える実務的な視点の持ち主でした。
彼が最初に製作したバックパックは、布ロールを購入して自分でデザインしたパターンに従って裁断し、近所のマリア・ロングベリに縫製を依頼したものです。革ストラップとバックルは全て手作業で取り付けられ、まさに職人気質の表れでした。
自転車で地域を回った草の根営業が生んだ奇跡
資金も設備も限られていた創業当初、ヴィクトルは自転車に手作りバックパックを積んで地域を回る草の根営業を展開しました。
時には徒歩で農家や学校を訪れ、実際の使用者である農民、伐採労働者、学童に直接製品を販売していったのです。この地道な活動により、ヴィクトルのバックパックは徐々に評判を集めていきます。
需要の急速な拡大を受けて、1919年にはダルアルヴェン川の美しい景色を望むトーシャングに本格的な工房「ダルストゥガン」を建設。さらに1934年には15~20名を雇用する工場を建設し、長男ロルフを事業に参加させるまでに成長しました。
この成功の背景には、顧客との直接的な関係を重視し、実際の使用者のニーズを製品に反映させるという、現代でも通用するユーザー中心の製品開発手法がありました。
森林労働者の声に耳を傾けた創業者ヴィクトルの哲学
ヴィクトルの製品開発における最大の特徴は、森林労働者や農民といった実際の使用者の声に徹底的に耳を傾けたことです。彼は「自然と戦うのではなく、自然と共に働く」という考え方のもと、スウェーデンの厳しい気候条件下で本当に必要とされる機能だけを追求しました。
この実用主義的なアプローチが、後の「Less Is More」哲学の基礎となったのです。また、ヴィクトルは品質に対する妥協を一切許さず、以下の価値観を会社の基盤として築き上げました。
創業当時の価値観は110年が経過した現在でも、ホグロフス製品のDNAとして受け継がれ続けています。
「Less Is More」に込められたホグロフスの深いものづくり哲学
ホグロフスを他のアウトドアブランドと決定的に分けているのが、創業時から一貫して貫かれている「Less Is More」という独特な哲学です。
この考え方は単なるマーケティングスローガンではなく、創業者ヴィクトル・ホグロフが森林労働者のために機能的でシンプルなバッグを作ったという原点に深く根ざした、ブランドの存在理由そのものを表現しています。
北欧の厳しい自然環境で培われた実用主義と品質への妥協なき追求が、現代のホグロフス製品に見られる洗練された機能美の源泉となっているのです。
なぜホグロフスは余計な装飾を一切排除するのか?
ホグロフスの製品設計において最も特徴的なのは、装飾的な要素を徹底的に排除し、純粋に機能性だけを追求する姿勢です。現在のブランド責任者アンソフィー・ヤコブソンは、デザインプロセスで数多くの質問を投げかけることの重要性を強調しています。
これらすべての判断がデザイン哲学と機能優先アプローチに繋がっているのです。
この思考プロセスにより、ホグロフスは「絶対に必要でないものは何でも取り除く」という製品設計を実現しながら、最大限のパフォーマンスを維持することに成功しています。結果として生まれる製品は、無駄のない美しさと実用性を兼ね備えた、まさに機能美の体現といえるでしょう。
北欧の厳しい自然が教えてくれた本当に必要なものとは?
スウェーデン北部の過酷な自然環境は、ホグロフスにとって最高の教師でもあり、最も厳しいテストフィールドでもあります。ツンドラの荒野、氷河を抱いた山々、北極圏に位置する極限の気象条件下で、本当に必要な機能だけが生き残ることができるのです。
創業者ヴィクトルが掲げた「自然と戦うのではなく、自然と共に働く」という哲学は、この厳しい環境での実体験から生まれました。ホグロフスは現在でも、この北極圏の山道を舞台に製品テストを繰り返し、幾度も改良を重ねています。
厳しい自然が教えてくれる教訓は以下のようなものです。
このプロセスを通じて生まれた製品だからこそ、ホグロフスは世界中のプロフェッショナルから絶大な信頼を得ているのです。
110年変わらぬ品質への妥協なき追求の秘密
ホグロフスの品質への取り組みで特筆すべきは、創業当初から変わらぬ価値観を現代の最先端技術と融合させている点です。
ヴィクトルが築いた次の三つの柱は、現在でもブランドの中核を成しています。
現代のホグロフスは「一枚の素材から非常に精密な方法でパターンをカット」するという独自の製法を採用し、コストが高くつくものの、製品をより強固で美しいものにすることを選択しています。
また、修理可能性を重視する「re-use is better than replace(買い換えるより再利用を)」の理念を掲げ、製品の通常使用における製造欠陥に対して生涯保証を提供しています。2~3週間での修理サービスも実施しており、単なる製品販売を超えた長期的な関係構築を重視しているのです。
業界をリードするホグロフスの革新技術と持続可能性への挑戦
ホグロフスが世界のアウトドア業界で独自のポジションを確立している理由の一つが、創業時から培われた職人気質と最先端技術の見事な融合です。110年の歴史で蓄積された技術力は、現在19件の特許として結実し、90以上の素材サプライヤーとのネットワークを通じて革新的な製品を生み出し続けています。
同時に、環境への配慮においても業界をリードしており、2008年からブルーサインシステムパートナーとして持続可能性の分野で先駆的な取り組みを展開しているのです。
わずか230gで実現した超軽量L.I.M.ジャケットの驚異
ホグロフスの技術的差別化を象徴する製品が、わずか230gという驚異的な軽さを実現したL.I.M.シリーズジャケットです。この超軽量化を可能にしたのは、GORE-TEX Paclite Plus 2.5層システムの採用と、最小限の縫い目構造による革新的な設計でした。
しかし軽量化だけでなく、機能面でも妥協は一切ありません。28,000mmという高い耐水圧とRET<9の優れた透湿性を誇り、パッカブルデザインにより携帯性も抜群です。
L.I.M.ジャケットには、ホグロフス独自のPROOFテクノロジーシステムが採用されており、2層、2.5層、3層構造で展開される同社の防水透湿技術の集大成といえるでしょう。PROOF ECO版では100%リサイクルポリアミド構造を採用し、環境配慮と性能の両立も実現しています。
80%がブルーサイン認証という業界最高水準の環境配慮
ホグロフスの持続可能性への取り組みは、アウトドア業界において群を抜いた水準にあります。2008年からブルーサインシステムパートナーとして活動を開始し、現在では製品の80%がブルーサイン認証を取得しているのです。これは業界最前線に位置する実績といえます。
さらに注目すべきは、2021年に気候ニュートラルを達成し、2030年までに50%の排出削減とネットゼロを目標に掲げていることです。社会的責任の面では、フェアウェア財団の「リーダー」ステータスを獲得した唯一の北欧アウトドアブランドとして、以下の取り組みを実施しています。
このような包括的なアプローチにより、環境と社会の両面で責任あるものづくりを実践しています。
プロが認める19件の特許技術が生み出す信頼性
ホグロフスの技術力の高さは、保有する19件の特許と17カ国にわたる製造ネットワークによって支えられています。同社の技術革新は決して派手さを求めるものではなく、実際の使用現場での課題解決に焦点を当てた実用的なアプローチが特徴です。
創業者ヴィクトルの時代から受け継がれる「一枚の素材から非常に精密な方法でパターンをカット」する独自製法は、コストが高くつくものの、製品をより強固で美しいものにしています。
過去の受賞歴も技術力の高さを物語っており、
など、継続的に業界から技術革新を評価されています。この確かな技術力が、世界中のプロフェッショナルからの信頼につながっているのです。
世界のアウトドアブランドとは一線を画すホグロフスの独自性
競争が激化するアウトドア業界において、ホグロフスが確固たる地位を築いているのは、他の有名ブランドとは根本的に異なるアプローチを貫いているからです。
アークテリクスやパタゴニアといった世界的ブランドがそれぞれ独自の路線を歩む中、ホグロフスは北欧スカンジナビアの文化的背景に深く根ざした機能美の追求により、独特なポジションを確立しています。この差別化戦略こそが、真のプロフェッショナルたちから絶大な信頼を獲得し続ける理由なのです。
アークテリクス、パタゴニアとは何が決定的に違うのか?
ホグロフスの競合他社との差別化は、ブランドの根本的な価値観の違いに表れています。
アークテリクスが最大技術性能の追求を掲げる一方、ホグロフスは「Less Is More」のミニマリズムを貫いているのです。パタゴニアがカリフォルニア発のライフスタイルブランドとして環境活動に重点を置くのに対し、ホグロフスはヨーロッパ・テクニカルブランドとして実用性を最優先に考えています。
また、マムートがスイス・アルペン伝統を基盤とするのとは対照的に、ホグロフスはスカンジナビア・アウトドア文化を背景としているのです。
価格帯も興味深く、ホグロフスは100~800ドルでプレミアム層とアクセシブル層の中間に位置します。最も特徴的なのは、創業精神における「アウトドア愛好家ではなく、アウトドアで働かざるを得ない人々のため」という実用主義的なアプローチで、これが他ブランドとの根本的な違いを生んでいます。
スカンジナビア文化が育んだ機能美という概念
ホグロフスの美学を理解するには、スカンジナビア文化の背景を知ることが不可欠です。
- Husqvarna(ハスクバーナ)
- Hestra(ヘストラ)
- Hasselblad(ハッセルブラッド)
- IKEA(イケア)
といったスウェーデンの著名ブランドと同様に、ホグロフスも創業者の名前を冠したブランド名を採用しており、これはスウェーデンの企業命名伝統に則ったものです。
この選択自体が、地域性とパーソナリティを重視する北欧的価値観の表れといえるでしょう。スカンジナビアデザインの特徴である機能性と美しさの両立は、ホグロフス製品にも色濃く反映されています。
厳しい北欧の自然環境が育んだ実用主義と、洗練されたデザインセンスが融合することで生まれる機能美は、以下のような特徴を持っています。
このアプローチにより、ホグロフス製品は時代を超えて愛され続ける普遍的な魅力を持っているのです。
真のプロフェッショナルたちがホグロフスを選び続ける理由
ホグロフスが真のプロフェッショナルから選ばれ続ける背景には、「顧客が性能について心配する必要がない」という揺るぎない品質保証があります。これは単なる宣伝文句ではなく、極限状況で使用されるギアとしての本質的な責任を果たすブランドの姿勢を表しているのです。
プロのスキーヤー、クライマー、ガイドたちからのフィードバックを製品開発に積極的に取り入れ、常により良い製品を作り続ける姿勢は、創業者ヴィクトルが農家や林業労働者と直接対話しながら製品を改良していった創業精神の現代版といえます。
現在「世界で最も成長の早いアウトドアブランドの一つ」として認識されているという事実は、グローバル市場でのブランドポジションの高さを示しています。業界をリードする80%のブルーサイン認証製品や、220gという超軽量L.I.Mジャケットの実現などの具体的な成果が、プロフェッショナルたちの信頼を裏付けているのです。
新時代を迎えたホグロフスの成長戦略と未来への展望
2023年12月、ホグロフスは新たな歴史の扉を開きました。ライオンロック・キャピタルによる買収により独立系ブランドとして再出発し、次の成長フェーズに向けた大胆な戦略を展開しています。
110年の歴史で培われた技術力と品質へのこだわりを基盤としながら、グローバル市場での更なる拡大と持続可能性のリーダーシップ強化を目指しているのです。
特に注目すべきは、日本市場への本格的なコミットメントと、2030年ネットゼロ目標という野心的な環境戦略により、アウトドア産業全体の未来を描こうとする姿勢です。
700億円買収で始まった新たなグローバル展開の野望
2023年12月に実現したライオンロック・キャピタルによるアシックスからの約700億円での完全買収は、ホグロフスにとって新たな成長段階の始まりを意味しています。アシックスが2010年に約128億円で買収していたことを考えると、13年間で約5.4倍という驚異的な企業価値成長を実現したのです。
この買収により、ホグロフスは再び独立系ブランドとして自由度の高い意思決定が可能になりました。財務面でも着実な成長を続けており、2022年の売上は11%増加、収益性は25%向上しています。
新オーナーシップの下で描かれるグローバル展開戦略では、ドイツ、フランスなどの欧州未開拓市場とアジア太平洋地域に焦点を当てています。現在28カ国で販売、13カ国でEコマース、12店舗を運営する体制から、さらなる市場拡大を目指しているのです。
東京・原宿フラッグシップストアが示す日本市場への本気度
2024年9月、東京・原宿に166㎡のフラッグシップストアをオープンしたことは、ホグロフスの日本市場に対する本気度を如実に示しています。原宿の店舗では「Nature×Tech」というコンセプトを展開し、ホグロフスの技術力と自然への敬意を体現した空間作りを実現しました。
日本市場への参入は単なる販路拡大ではなく、アジア太平洋地域での戦略的拠点としての位置づけも含んでいます。2023年にはスウェーデン・エスキルストゥナに18,000㎡の新物流センターを開設し、グローバル展開のインフラ整備も着実に進めています。
さらに2025年秋冬には韓国市場への新ディストリビューターを通じた参入も予定されており、アジア市場での本格展開が加速しています。日本のアウトドア愛好家にとって、以下のような価値提供が期待されます。
2030年ネットゼロ目標で描く持続可能なアウトドア産業の未来
ホグロフスの持続可能性への取り組みは、単なる企業の社会的責任を超えて、アウトドア産業全体の未来を描く先駆的な挑戦となっています。2021年に気候ニュートラルを達成した上で、2030年までに50%の排出削減とネットゼロを目標に掲げているのです。
この野心的な目標の実現に向けて、HAGLOFS Restored中古ギアプログラムを通じた循環経済の推進や、製品の修理可能性を重視する「re-use is better than replace(買い換えるより再利用を)」の理念を実践しています。既に製品の80%がブルーサイン認証を取得しており、これは業界最高水準の実績です。
フェアウェア財団の「リーダー」ステータスを獲得した唯一の北欧アウトドアブランドとして、環境だけでなく社会的責任も果たしています。これらの取り組みにより、ホグロフスは持続可能なアウトドア産業のロールモデルとして、業界全体をリードする存在になろうとしているのです。
【まとめ】ホグロフス(HAGLOFS)が歩んできた歴史
1914年、スウェーデンの小さな農作業小屋から始まったホグロフスの物語は、まさにアウトドア業界の奇跡といえるでしょう。創業者ヴィクトル・ホグロフが森林労働者のために手作りしたバックパックから生まれた「Less Is More」の哲学は、110年の歳月を経て世界中のプロフェッショナルに愛される理由となっているのです。
これらすべてが融合することで、ホグロフスは他ブランドとは一線を画す独自のポジションを確立しました。2023年の新体制下で始まった次なる成長フェーズでは、グローバル展開の加速と2030年ネットゼロ目標により、アウトドア産業の未来を切り開こうとしています。