アウトドア業界で「メリノウール」と聞いて、真っ先に思い浮かぶブランドは何でしょうか?
多くの登山愛好家がアイスブレーカーの名前を挙げるはずです。1995年の創業以来、このニュージーランド発のブランドは、化学繊維全盛の時代に自然素材の可能性を信じ続けてきました。
一枚のTシャツとの偶然の出会いから始まった物語は、やがてアウトドア業界の常識を覆す革命へと発展していきます。
従来のウールの概念を根底から変え、メリノウールを現代のハイテク素材として確立させたアイスブレーカー。その歩みは、まさに自然素材が持つ無限の可能性を切り開いた歴史そのものと言えるでしょう。
一枚のTシャツがすべてを変えたアイスブレーカーの誕生秘話
アウトドアブランドの中でも、特に印象的な創業エピソードを持つアイスブレーカー。その始まりは1994年、ニュージーランドの若きマーケティング専攻生ジェレミー・ムーンと、一枚のメリノウールTシャツとの偶然の出会いでした。
化学繊維が全盛期だった当時のアウトドア業界に、まさかの天然素材革命をもたらすことになる運命的な瞬間を振り返ってみましょう。
24歳の青年が体験したメリノウールとの運命的な出会い
ジェレミー・ムーンは、オタゴ大学でマーケティング修士号を取得した24歳の青年で、CMリサーチでプロジェクトマネージャーとして働いていました。アウトドア愛好家でもあった彼は、ニュージーランドの大自然でカヤックやマウンテンバイクを楽しむ日々を送っていたのです。
転機をもたらしたのは、フィラデルフィア出身のアメリカ人ガールフレンドでした。彼女はニュージーランドをバックパッキングで旅行中、マールボロ湾のペロラス・サウンズにある僻地の羊牧場で、5000頭のメリノ羊を飼育するブレイケンリッジ一家と出会います。
この偶然の出会いが、後にアウトドア業界を変える革命の発端となりました。
化学繊維の常識を覆した「絹のような柔らかさ」への衝撃
1994年のある昼食会で、ブライアン・ブレイケンリッジがテーブル越しにウールのTシャツを投げつけながら言いました。
ムーンが即座にそれを着ると、子供時代に記憶していたごわごわで重いウールとは全く異なる感触に驚きます。絹のように柔らかく快適なその感覚は、彼の価値観を根底から覆すものでした。この体験により、ムーンは重要な気づきを得ることになります。
サー・ピーター・ブレイクが証明した40日間無洗濯の伝説
初期の市場開拓で決定的な転機となったのが、ニュージーランドの帆船界のレジェンド、サー・ピーター・ブレイクとの出会いでした。ブレイクはアイスブレーカーの試作品を世界一周記録挑戦で着用し、40日40夜同じベースレイヤーを着続けて帰還したのです。
彼の証言は伝説となりました。これまで着たあらゆるものより優れており、そして何より臭いが発生しなかったというのです。ブレイクはブレイケンリッジを「私の下着が臭わなくなった責任者である羊農家」と紹介しました。
この実証により、メリノウールの防臭性能が世界に知られることとなり、アイスブレーカーの信頼性が一気に高まったのです。
アイスブレーカーが信じ続けるメリノウールという自然の奇跡
メリノウールの優れた特性は、多くの人に知られるようになりました。しかし、アイスブレーカーのメリノウールは、これらの特性に加えてさらに多くの魅力を持っています。
シルクのようなきめの細かさとソフトな風合い、高い断熱性、家庭用洗濯機で洗えるイージーケア、毛玉ができにくい性質など、従来のウールの概念を覆す革新的な素材として注目されています。
なぜ羊毛が最高のパフォーマンス素材なのか?
メリノウールの科学的な優位性は、15.5~23.5ミクロンの超細繊維が持つ独特の特性にあります。メリノウールは皮膚に対して剛性を保たずに曲がり、重量の35%まで水分を吸収しながら濡れた感覚を与えません。
さらに30%以上の自然伸縮性を有し、クリンプ構造により数百万の空気ポケットを創出します。この特性により寒冷時の保温と温暖時の放熱の両方を実現するのです。
メリノウールは主にケラチンで構成されており、人間の皮膚や髪の毛と同じタンパク質であることも重要なポイントです。メリノウールの生体適合性により、化学繊維やセルロースベースの繊維と比較して、肌に対してより自然で不活性に感じられるというわけです。
従来のウールとは何が違うのか、その科学的な根拠
アイスブレーカーが使用するメリノウールと従来のウールには、明確な違いがあります。まず繊維の細さが決定的に異なり、アイスブレーカーは17~19ミクロンという極細のウールを使用しています。人間の髪の毛の約3分の1という細さが、従来の太いウールとは異なり、肌に触れてもチクチクせず柔らかい感触を生み出すのです。
また、メリノはクリンプが多いため断熱性に優れています。従来のウールと比較した場合の具体的な優位性として、次のような点が挙げられます。
汗をかいても臭わない秘密をメリノが教えてくれた
メリノウールの最も驚くべき特性の一つが、その優れた防臭性能です。メリノウール繊維は非常に細く、濡れたと感じる前に自重の30~35%もの水蒸気を吸収することができます。
繊維構造は親水性の内部とラノリンの残存による疎水性の外部を持ち、布地内の毛細管現象により肌から湿気を吸い上げ、大気中に放出することで着用者をドライに保ちます。水蒸気を素早く吸収するため、臭いの原因となるバクテリアが繁殖しにくい環境を維持できるのです。
また、ウール繊維の複雑な化学構造が臭い分子を吸着し、洗濯時に放出するため、衣類を数日間洗濯せずに着用することが可能になります。この特性により、3日分、人によっては7日分も洗濯せずに着用できるという実用性を実現しています。
自然素材で化学繊維に挑んだアイスブレーカーの技術革新
化学繊維が主流のアウトドア業界において、アイスブレーカーは一貫して自然素材での技術革新を追求し続けています。単にメリノウールを使用するだけでなく、その特性を最大限に引き出すための独自技術を次々と開発。
プラスチックフリーという野心的な目標に向けて、革新的なテクノロジーを生み出し続ける姿勢は、まさに化学繊維の常識に挑戦する挑戦者の姿そのものと言えるでしょう。
プラスチックフリー95%を実現した独自のテクノロジー
アイスブレーカーの最も際立った特徴は、95.8%プラスチックフリーという驚異的な数値を達成していることです。これは合成素材を多用する競合他社と明確に差別化する要素となっています。
メリノウール89.7%という組成比率は業界でも突出しており、残りの化学繊維についてもバイオベースの代替品で置き換える目標を掲げています。この取り組みの具体例として、2024年ISPO賞を受賞したFeatherlight技術が注目されます。
アイスブレーカーの革新的な技術では次のような特徴を持っています。
Cool-LiteとBodyFitZoneが生み出すメリノの新たな可能性
アイスブレーカーの技術革新の中核を担うのが、Cool-LiteとBodyFitZoneという二つの画期的なテクノロジーです。
Cool-Liteは、メリノウールとTENCELリヨセルをブレンドした素材で、ユーカリの木から作られる持続可能な繊維との組み合わせにより、温暖な気候から暑い気候での高強度運動に最適化されています。
一方のBodyFitZoneは、身体部位別ゾーニングシステムを採用しており、発汗の多い部分には軽量メリノを、主要部分には標準重量のメリノを配置する戦略的設計となっています。
アイスブレーカーの技術により実現される具体的なメリットは以下の通りです。
合成繊維の牙城を崩すMerinoLoftという挑戦状
ダウンや化学繊維の断熱材が支配するアウター市場に、アイスブレーカーが送り込んだ革命的な技術がMerinoLoftです。これはアウターウェアやミッドレイヤーの断熱材としてメリノウール繊維を使用し、化学繊維の断熱材やダックダウンに代わる自然でクルエルティフリーな選択肢を提供する画期的な技術です。
軽量で暖かく、洗濯機で洗え、通気性があり、濡れても断熱性を保持するという特性は、従来の常識を覆すものでした。
さらに注目すべきは、MerinoVent 3L防水技術の開発です。この技術では96.8%石油化学物質フリーの防水シェル生地を実現し、メリノウール、オーガニックコットン、バイオベースメンブレンを組み合わせた3層ラミネート構造を採用しています。ひまし豆由来の48%バイオベース・ナイロンメンブレンを使用することで、自然素材による高性能を証明したのです。
羊から消費者まで透明性を貫くアイスブレーカーの哲学
アイスブレーカーが他ブランドと一線を画すのは、単に優れた製品を作るだけでなく、その製造過程すべてを透明化していることです。
2007年以降、供給元の農場におけるミュールシングを禁止し、公正な労働慣行の確保に努めるなど、持続可能性、天然繊維の使用、環境・社会倫理、動物福祉という哲学に基づいて考案・設計されています。
羊から消費者の手に届くまでのすべてのプロセスを見える化する取り組みは、アパレル業界における新たなスタンダードを築いています。
ニュージーランドの羊農家と結んだ特別なパートナーシップ
1997年、アイスブレーカーはニュージーランドのメリノウール生産者との長期的なパートナーシップの確立を開始しました。当時、ウールは価格変動の激しい商品作物であり、これは画期的な動きでした。
パートナーシップの契約は農家に安定したプレミアム価格を提供し、持続可能な農法への長期的な計画と投資を可能にしています。その見返りとして、生産者は環境への配慮、動物福祉、繊維の品質に関する厳格な基準を満たすことに同意しているのです。
現在70名のメンバーからなるGrovers Clubとの10年契約により、経済的安定性を提供しながら持続可能な実践を可能にしています。この直接的な関係の具体的なメリットには次のようなものがあります。
ZQRXが目指すメリノウール業界の未来像
アイスブレーカーは世界初の再生農業指数であるZQRXを開発し、メリノウール業界の未来を切り開いています。2024年現在、同社のウールの79.98%がZQRX農場から調達されており、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカの167人の生産者が管理する240万エーカー以上で実施されています。
ZQRXシステムは15の主要業績指標を設定しており、生物多様性、気候、動物の健康、コミュニティ指標が含まれています。炭素隔離、土壌健康の改善、排出削減に焦点を当て、ネイティブ種の保護と生息地復元、地域経済・社会影響プログラムも実施しているのです。
2028年までにウールの100%をリジェネラティブ農法から調達するという目標は、単に害を少なくするという従来の持続可能性を超えて、積極的に良いことをするという新たなパラダイムを示しています。
Baacodeシステムで実現した完全トレーサビリティ
2008年に導入されたBaacodeトレーサビリティシステムは、消費者が製品を特定のニュージーランド羊牧場まで追跡できる業界初の完全なサプライチェーン透明性を実現しました。このシステムにより、アイスブレーカーは「羊からシャツまで」の完全な透明性を提供しています。
2022年までには、メリノウールの100%が供給元まで追跡可能になりました。アパレル業界が不透明なサプライチェーンや非倫理的な慣行について批判にさらされてきた中で、消費者はますます製品がどこでどのように作られているかを知ることを求めています。
アイスブレーカーの取り組みには以下のような特徴があります。
アイスブレーカーはなぜ世界中のアウトドア愛好家に愛され続けるのか?
創業から30年近くが経過し、4,500店舗以上、50カ国以上での販売網を構築したアイスブレーカー。競争の激しいアウトドア市場において、その長寿は中核となるビジョンの永続的な力と、適応し革新する能力の証と言えるでしょう。
67%のリピート購入意向という強力なブランドロイヤルティを維持し続ける背景には、単なる製品の優秀さを超えた、ブランド哲学への共感があります。
スマートウールやパタゴニアとは何が決定的に違うのか?
アイスブレーカーと競合他社との最大の違いは、天然繊維に対する徹底したこだわりです。
スマートウールも同じメリノウール専門ブランドですが、耐久性のためにメリノとナイロンなどの化学繊維をより積極的にブレンドする傾向があります。一方、アイスブレーカーは95.8%プラスチックフリーという数値目標を掲げ、純粋な天然素材への道を歩んでいます。
パタゴニアのキャプリーンシリーズは化学繊維ベースのベースレイヤーで、リサイクルポリエステルを使用していますが、依然としてマイクロプラスチックの問題を抱えています。
アイスブレーカーが他社と決定的に異なる点を整理すると、以下のようになります。
VFコーポレーション買収後も変わらぬブランドの魂
2017年から2018年にかけて、アイスブレーカーはVFコーポレーションに2億ドル以上で買収されました。ザ・ノース・フェイス、スマートウール、ティンバーランドなどを擁する巨大コングロマリットの一員となることで、VFの資本、グローバルな流通ネットワーク、サプライチェーンの相乗効果へのアクセスが可能になりました。
しかし同時に、ブランドDNAの維持、姉妹ブランドであるスマートウールとの差別化、継続的なイノベーションの確保という課題も生まれています。2021年にはグローバル本社をニュージーランドからスイスのスタビオに移転しましたが、創業時の精神はブランドに深く刻まれ続けています。
VF傘下となった現在でも、ムーブメントを導くという使命感と、自然こそが答えを持つという哲学は組織文化として根付いており、単なるマーケティングスローガンを超えた推進力となっているのです。
プレミアム価格でも選ばれ続ける本当の理由
アイスブレーカーは15~25%高い価格設定を維持しながらも、強力なブランドロイヤルティを実現しています。この背景には、単純な機能性を超えた総合的な価値提供があります。
従来のアウトドアギアが防水等級や引裂強度といったハードな性能指標を強調してきたのに対し、アイスブレーカーは肌触りの良さ、数日間臭いを気にせず着用できること、天然素材を身に着けることの心理的なメリットといったソフトな性能側面を重視してきました。
アウトドアギアの性能が長期的な快適さ、多用途性、そして個人の価値観との一致といった要素を含むように進化していることを示しています。アイスブレーカーが選ばれる理由として、以下のような要素が挙げられます。
【まとめ】アイスブレーカー(icebreaker)が歩んできた歴史
アイスブレーカーの物語は、一枚のメリノウールTシャツとの偶然の出会いから始まり、世界的なナチュラルパフォーマンスアパレルブランドへと成長を遂げた驚くべき歴史です。
創業者ジェレミー・ムーンのビジョンは、単に優れた製品を作ること以上に、化学繊維が支配するアウトドア業界に挑戦し、自然こそが答えを持つという哲学を広めることでした。
など、アイスブレーカーの取り組みは業界の新たなスタンダードを築いています。
30年という歳月を経て、アイスブレーカーは創業者の情熱を組織文化として根付かせ、その革新的な精神を次世代へと繋いでいく段階に入っているのです。
アイスブレーカーのきめ細かくソフトなメリノウール
ニュージーランドのメリノウールの品質の高さは、次のような要因によるものです。
L/Sペースクルー
GTシリーズを代表する一着で、次のような特徴があります。
- 伸縮性や速乾性を重視
- アクティブなスポーツに最適
- ジップタイプも用意
- 自転車用やランニング、ジョギング用ウェアもラインナップ
メリノウールは、気温変化が予想されるエンデュランス系スポーツにも最適な素材です。
オアシスクルー
ボディフィット200シリーズの代表的な製品で、次のような特徴があります。
- 動きやすく通気性が高い
- アウトドアから日常生活まで幅広く使える
- 薄手の150、厚手の260もラインナップ
このように、アイスブレーカーは高品質なメリノウールを使用し、様々なニーズに対応する製品を展開しています。