1966年、英国ニューカッスルの小さなアウトドアショップから始まった物語が、今もなお世界中の登山家の心を掴み続けています。
バーグハウスというブランド名を聞いて、多くのクライマーが思い浮かべるのは、極限状況でも信頼できる堅牢なギアと、革新的な技術への飽くなき追求です。
世界初の内部フレーム・リュックサック「サイクロプス」、ヨーロッパ初のゴアテックス採用、そして伝説的な「イエティゲイター」まで、数々の技術革新により登山界の常識を覆してきました。
創業から58年が経った今でも、「最高の人生は屋外で生きられる」という哲学のもと、品質への妥協なきこだわりと持続可能なものづくりを通じて、新しい時代のアウトドア文化を創造し続けているのです。
運命的な出会いから生まれたバーグハウスの創業秘話
1966年、英国ニューカッスル・アポン・タインで、アウトドア業界の歴史を変える運命的な出会いが生まれました。二人の情熱的なクライマーの不満と創意工夫が融合し、後に世界中の登山家から愛されるブランドへと成長していく物語の始まりです。
「まともなギアがない」という不満が生んだ奇跡
1960年代の英国では、真剣な登山家やクライマーが使える適切なアウトドアギアが存在しませんでした。当時の状況は現代では想像しにくいほど深刻で、本格的な山岳活動を行うには海外製品を個人輸入するか、自作するしかない時代だったのです。
こうした市場の空白に直面した二人の登山愛好家が、状況を変えるために立ち上がりました。彼らが感じていた不満は以下のようなものでした。
この切実な問題意識こそが、後のバーグハウス誕生の原動力となったのです。
ロッキーとデイヴィソンが築いた完璧なコンビネーション
ピーター・ロッキーとゴードン・デイヴィソンという二人の人物が出会ったとき、まさに理想的な化学反応が起こりました。ロッキーは直感的で創造的なマーケターとしての才能を持ち、一方のデイヴィソンは分析的で発明家気質のエンジニアでした。
この組み合わせは、バーグハウスの「右脳と左脳」と呼ばれるほど完璧な補完関係を築きます。デイヴィソンの工学技術が具体的な製品革新を生み出し、ロッキーのマーケティング手腕が顧客ニーズの理解とブランディングを担当することになりました。
この強固な基盤が、後の革新的な製品開発の土台となったのです。
LDマウンテンセンターからバーグハウスへの戦略的転身
1966年、二人はニューカッスル・アポン・タインにLDマウンテンセンターを設立しました。これは英国北東部初の専門アウトドア小売店として、アトミックスキーやマーカービンディング、ノルディカスキーなど、地域では入手困難な高性能機器を扱う革新的な店舗でした。
しかし、運営を進める中で重要な課題が浮上します。他の小売業者が、競合である彼らの店名を冠した製品の購入を拒んだのです。この障壁を乗り越えるため、彼らは戦略的な決断を下しました。
この名称変更と初期からの輸出志向は、驚くほど先見の明のあるグローバルな野心を示していました。
世界を驚かせたバーグハウスの革新技術はこうして生まれた
バーグハウスが世界的なブランドとして認知されるきっかけとなったのは、数々の画期的な技術革新でした。1970年代から現在まで続く革新の歴史は、登山家の実際の困りごとを解決したいという純粋な想いから生まれています。
その中でも特に業界に大きな影響を与えた3つの革命的な技術をご紹介します。
登山界を変えた1972年のサイクロプス革命
1972年に誕生したサイクロプス・リュックサックは、ヨーロッパで初めて内部フレームを採用した画期的な製品でした。それまでの外部フレームやフレームレスパックと比較して、荷重運搬能力、安定性、快適性を飛躍的に向上させたこの革新は、登山用バックパック設計の新しいパラダイムを創造したのです。
現在では内部フレームは当たり前の技術となっていますが、当時としては革命的なアイデアでした。サイクロプスの成功により、バーグハウスの名前は世界中に知られるようになります。
この技術革新が現在のバックパック業界の基準を作り上げました。
ヨーロッパ初のゴアテックス採用という大胆な挑戦
1977年、バーグハウスはヨーロッパのブランドとして初めてゴアテックスを採用したジャケットを発表しました。当時まだ比較的新しい企業だった「W.L. GORE & Associates社」とのパートナーシップは、防水透湿性アウターウェアの世界に革命をもたらすことになります。
この早期採用は、まだ業界標準となる前の画期的な技術を見抜く先見性と、大きなリスクを取る勇気を示していました。40年以上経った現在でも、この技術パートナーシップは続いており、継続的な革新を生み出しています。
この決断により、バーグハウスは技術リーダーとしての地位を確立しました。
イエティゲイターが解決した登山家の永遠の悩み
1979年に発売されたイエティゲイターは、登山家が長年悩まされてきたブーツとズボンの隙間からの雪や水の侵入という問題を解決する画期的な製品でした。ユニークなデザインの特徴は、ブーツとの間に防水シールを形成する一体型のラバーランドで、なんと当初は再利用されたトラクターのインナーチューブを使用していました。
このシンプルかつ堅牢な解決策は、デイヴィソンの実践的なエンジニアリング精神と創意工夫を物語っています。深い雪やぬかるんだ湿地帯での効果は絶大で、瞬く間にクラシックな製品となりました。
この製品は現在でも進化を続け、多くの登山家に支持されています。
なぜ世界中の登山家がバーグハウスを選び続けるのか?
半世紀以上にわたって世界中の登山家から愛され続けるバーグハウス。その理由は製品の優秀さだけではありません。ブランドの根幹にある哲学、品質への妥協なきこだわり、そして極限状況での実証された信頼性が、多くのクライマーの心を掴んで離さないのです。
「最高の人生は屋外で生きられる」という揺るぎない哲学
バーグハウスの企業哲学は単純ながら深遠です。「最高の人生は屋外で生きられる」という信念は、アウトドア体験が人生を変革する本質的な力を持つという確信に基づいています。
創業者たちが掲げた「必要性から生まれる革新、流行のための革新ではない」という原則は、58年経った今でもブランドの中核を成しています。「出かけて、そこに留まれ」という哲学も、より良いギアを通じてアウトドア体験を延長することに焦点を当てた実践的な指針となっています。
この哲学が製品開発のすべての段階に反映されているのです。
58年間変わらない品質へのこだわりとリペアハウスの思想
バーグハウスの品質に対する姿勢は「長持ちする設計」という言葉に集約されます。「ファストファッションはやらない。バーグハウスのキットは、単に耐久性のあるキットだ」という信念は、現代の持続可能性トレンドに先駆けて存在していました。
この思想を具現化したのが、1966年から続くリペアハウス・プログラムです。サンダーランドの専門チームによる無料修理サービスは「交換ではなく修理を」の理念のもと、愛用するギアに第二、第三の命を与えています。2022年から2024年の間だけでも11,500件以上の修理を完了しています。
この取り組みが顧客との深い信頼関係を築いています。
ボニントン卿やヒンクスが証明した極限での信頼性
バーグハウスの真価は、世界最高峰のクライマーたちとの長年にわたるパートナーシップによって証明されています。1981年からスポンサードクライマーとなったクリス・ボニントン卿は、エベレスト南西壁初登頂隊長や50歳でのエベレスト登頂など数々の偉業を成し遂げました。
アラン・ヒンクスは英国人として初めて世界の8000メートル峰全14座の登頂に成功し、その多くをバーグハウスのギアとともに達成しています。彼らの成功は地球上で最も過酷な環境における同ブランドの装備の究極の試験場として機能し、その性能と耐久性を実証しました。
このような実績が世界中の登山家からの絶大な信頼につながっています。
他ブランドにはないバーグハウスだけの特別な魅力
競合ひしめくアウトドア業界において、バーグハウスが独自のポジションを築いている理由は、他では真似できない特別な取り組みにあります。独自開発の革新的技術、専門チームによる研究開発体制、そして持続可能性への本格的なコミットメントが、このブランドならではの価値を生み出しています。
ハイドロシェル技術が切り拓く防水の新時代
2014年に開発されたハイドロシェル技術は、バーグハウスの現代的な技術力を象徴する独自の防水透湿膜です。ゴアテックスに対する真の代替技術として、3つの性能レベルを提供しています。
の性能を実現しています。
特筆すべきは、同等のゴアテックス製品より約30%低価格でありながら、比較可能な性能を維持していることです。
この技術により、より多くの人が高性能なアウトドアギアにアクセスできるようになりました。
MtnHausチームが挑む終わりなき技術革新
2009年に発足したMtnHausデザイン&イノベーションチームは、バーグハウスの技術革新を支える専門部門です。「ザ・ラボ」と呼ばれる施設では、耐水圧試験やピリング耐性試験などを行うための最新設備が整っています。
このチームの哲学は「真の革新には目的がある。外へ出て、そこに留まる。それが私たちのキットが設計されている理由だ」というもので、革新はそれ自体のためではなく、より良い冒険のために行われています。
アスガード・スモックが18のプロトタイプを経て完成したように、季節的締切やマーケティング制約なしに運営される部門横断的なR&D体制が特徴です。
この体制により、本当に必要とされる革新的な製品が生まれ続けています。
Bコープ認証が示すサステナブルなものづくりへの本気度
2024年にBコープ認証を取得したバーグハウスは、ペントランドブランズ初の認証企業となり、93.1という高スコアを記録しました。この認証は環境と社会責任への法的コミットメントを表しており、単なるマーケティング戦略ではない本格的な取り組みの証明です。
MADEKINDプログラムを通じて57%のアパレル製品が持続可能素材を使用しており、リサイクル素材の活用、オーガニックコットンの使用、ブルーサイン承認生地、RDS認証ダウンなど、環境に優しい基準を満たしています。欧州アウトドア保全協会やレザーワーキンググループなどとの連携も積極的に行っています。
これらの取り組みが、環境意識の高い現代の登山家から支持される理由となっています。
現代に受け継がれるバーグハウスのDNAと未来への挑戦
創業から58年を迎えたバーグハウスは、創業者たちの精神を大切にしながらも、時代とともに変化するアウトドアシーンに対応し続けています。伝統的な品質へのこだわりと革新的な技術開発、世界規模での展開、そして次世代との協働により、新しい時代のアウトドア文化を創造しています。
伝統を守りながら進化し続ける製品開発
バーグハウスの製品開発には、創業以来変わらない「必要性から生まれる革新」という哲学が貫かれています。現代的な技術革新の代表例として、5つの保温技術システムが挙げられます。
2011年に開発されたハイドロダウンは特殊コーティングされた天然ダウンで、濡れた状態でもロフトを維持します。2012年に導入されたオフセット・バッフル構造は縫製による冷気侵入を排除し、同年開発されたボディマッピングは熱画像技術を使用してダウン配置を最適化しています。
2016年のリフレクト技術は軽量スクリムへのアルミニウム蒸着により、最小限の重量増加で20%の保温性向上を実現しました。
これらの技術により、現代の登山家により快適なアウトドア体験を提供しています。
45ヶ国に広がるバーグハウスファミリーの絆
現在バーグハウスは世界45ヶ国で展開されており、年間収益8,000万ポンド(約1.1億ドル)を記録する国際的なブランドに成長しました。350億ドルのグローバルアウトドアアパレル市場において、市場シェア0.2~0.3%という数字は小さく見えるかもしれませんが、これは極めて細分化された市場での堅実なポジションを表しています。
英国市場での支配的地位を維持しながら、世界各地でバーグハウスファミリーとしての結束を深めています。「時間をかけて外出する」というキャンペーンは、現代生活のストレスに対する屋外接続の重要性を訴求し、世界中の人々に共感を呼んでいます。
この国際的な展開により、多様な環境でのフィードバックを製品開発に活かしています。
次世代クライマーたちと描く新しいアウトドアの形
バーグハウスは、クリス・ボニントン卿やアラン・ヒンクスといったレジェンドだけでなく、現代の若手クライマーたちとも積極的に協働しています。レオ・ホールディングは18歳でエル・キャピタンのエルニーニョ第二登を達成し、新しいエクストレムラインをテストするためにミラーウォールへの遠征を率いました。
2014年に契約した女性クライマーのモリー・トンプソン=スミスや、アンジェリカ・ライナーなど、多様性に富んだアスリート陣が新しい時代のアウトドア文化を牽引しています。彼らとの協力により、従来の登山スタイルにとらわれない新しいアプローチが生まれています。
この取り組みにより、バーグハウスは常に時代の最先端を行くブランドとして進化し続けています。
【まとめ】バーグハウス(Berghaus)が歩んできた歴史
1966年、ニューカッスルで二人のクライマーが抱いた「まともなギアがない」という不満から始まったバーグハウスの物語は、58年の歳月を経て世界中の登山家に愛されるブランドへと成長しました。
サイクロプス革命、ゴアテックスの先駆的採用、イエティゲイターの発明など、数々の技術革新により登山界の歴史を塗り替えてきたのです。
「最高の人生は屋外で生きられる」という哲学と「長持ちする設計」への一貫したこだわりが、クリス・ボニントン卿やアラン・ヒンクスといった伝説的クライマーからの信頼を獲得し、極限状況での実績を積み重ねました。
現代では独自のハイドロシェル技術やBコープ認証による持続可能性への取り組みにより、伝統と革新を融合させた新しい価値を創造し続けています。